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線引き(区域区分)廃止がもたらすビジネスチャンスと長期的影響

近年、日本では線引き(区域区分)の廃止を検討している自治体が増えています。

一部の不動産関係者や企業の開発担当者はこの線引き廃止(区域区分廃止)の動きが新たに稼ぐ機会になると考えているはずです。

なぜ、この線引き制度の廃止がビジネスチャンスになるのか解説しています。その上で、線引き廃止がもたらす長期的影響についても考察しています。




結論

線引き制度は一部のビジネスでは短期的なチャンスをもたらします。

昨年、長崎都市計画区域(都市計画区域人口約53万人)からの離脱を宣言した「諫早市(都市計画区域人口約10万人)」が分かりやすいので紹介します。

長崎と諫早の中心市街地は電車や車で約30分の距離に位置しており同一都市圏に属しています。いわば一つの都市です。

▶︎参照:諫早市,「諫早市の新しい都市計画」

長崎都市計画区域は線引きを導入しているため、諫早市が線引きを廃止するとなれば、長崎に隣接する諫早では宅地開発が進むことになります。

このことは、過去の研究1),2),3)でも明らかにされているのと、長崎という中核市都市の経済的メリットを受けることが可能な隣接の自治体では、開発コストの低い郊外の田畑や山林において開発が促進される可能性が高いです。

現在でも長崎と諫早では市街地の連続性が見られます。長崎都市計画区域で諫早市が離脱することでその恩恵は、宅地開発による建設需要、商業関連、長崎市からの人口移動、大村市への転出抑制という形で恩恵をもたらすはずです。

したがって、長崎や諫早への通勤・通学客をターゲットとした宅地開発やそうした住宅需要に応じた商業・業務のビジネスにもチャンスが巡ってきます。このような線引き廃止によるビジネスチャンスは全国他都市でも同様に起こる可能性が高いです。

1)土井健司,紀伊雅敦,松居俊典(2014)「香川県における線引き全県廃止の経緯分析と廃止後の制度設計の課題」,土木学会論文集D3(土木計画学),70巻,5号,p.I_443-I_452.
2),紀伊雅敦,土井健司(2024)「香川県における線引き廃止の経緯とその影響」,都市計画 = City planning review / 日本都市計画学会編,Vol.73,No6,371,pp.48-51.
3)武山絵美,才野友輝,俊野沙希(2020)「市街化調整区域の廃止が農地の宅地転用に及ぼす影響」,農業農村工学会論文集,IDRE Journal No. 311 (88-2), pp.Ⅰ_271-Ⅰ_279.

線引き制度の廃止は、一部のビジネスにとって短期的なチャンスをもたらす可能性が高いといえます。開発規制の緩和によって、宅地開発や工場誘致などが進みやすくなり、不動産関連や商業関連、建設関連の需要が高まるからです。
一方で、人口減少や高齢化が進む日本の地方都市においては、長期的にはインフラ維持コストの増大や中心市街地の衰退、空き家問題の深刻化を招くリスクが高まる点に留意が必要となり、企業として将来リスクをどのように捉えるのかも大切な視点になると考えられます。

都市計画に興味のある方はここからの文章も読んでみてください。

香川県線引き廃止から20年を経過

香川県の線引き廃止から20年が経過しました。

線引き制度の廃止による影響については、これまでに数多くの研究がなされてきましたが、総じて線引き廃止後は市街化調整区域での宅地開発が増加している点を挙げています。

市街化調整区域の建築制限解除が目的ですから必然の結果なのですが、国全体が人口減少下である以上は、20~30年後には空き家空き地、管理不全のインフラ問題として顕在化すると想定しています。

香川県が線引きを廃止した背景には、新都市計画法の制定に伴う線引きを行う際、国が示した人口密度の目安から区域区分から市街化区域が狭ざるを得なくなった点や、線引き都市計画区域の範囲が狭く飛地開発を防ぐことができなかった点があげられます。

さらには、香川県が掲げていた全県一体型の田園都市構想に対して線引き制度が構想を阻害する要因と考えられていた点などが挙げられます。特に都市計画区域(線引き)を拡大できずに、区域を越えた開発を防ぐことができなかったことが線引きが形骸化してしまった理由にあると考えられます。

しかしながら、現代の線引き廃止を検討している都市では、人口減少に呼応し、基礎自治体の生き残りをかけて定住人口増加や企業誘致など地方創生などが背景にあります。

近年の線引き廃止動向

近年、地方都市において線引きの廃止に向けた取り組みが進められています。下表はその一例です。

都市名時期概要主な理由
東播都市計画区域のうち加西市部分2026年4月目標長崎都市計画区域(線引き)からの離脱移住者受入、流出抑制
松江圏都市計画区域2027年度以降目標廃止し非線引きへ移行定住人口増加、開発誘導、開発許可(立地基準)の手続きが煩雑
長崎都市計画区域のうち諫早市2027年度目標長崎都市計画区域(線引き)からの離脱定住人口増加、商工業誘致
上野都市計画区域
(伊賀市上野地域)
2017年上野、伊賀、阿山、青山都市計画区域の統合伊賀市全体で一体的土地利用を促進するため
綾部都市計画区域
(綾部市)
2016年廃止し非線引きへ移行
※福知山都市圏(線引き)からの離脱
農村集落の維持・活性化
田方広域都市計画区域のうち伊豆市部分2017年田方広域都市計画区域(線引き)から離脱土地利用の統合・定住人口増加・移住定住人口増加
笠岡都市計画区域2009年廃止し非線引きへ移行
※福山都市圏(線引き)からの離脱
農村集落の向上、企業誘致、道路沿線への商業誘致
岐阜都市計画のうち本巣市部分2011年岐阜都市計画区域(線引き)から離脱旧町の土地利用の統合

※2000年の都市計画法改正に伴う線引き選択制を受け、2004年には、香川中央都市計画区域(香川県)や東予広域都市計画区域(愛媛県)、海南市都市計画区域(和歌山県)、荒尾都市計画区域(熊本県)において廃止。

近年の傾向が見て取れるように、線引き廃止の目的や理由として、定住人口の増加を挙げています。また、大規模土地を確保し企業誘致や商業誘致を図るためことを目的としているところもあります。

松江市のように行政手続きが煩雑で時間がかかるという点を挙げているケースもありますが、いずれも共通している点は、自分達の基礎自治体の生き残りをかけた取り組みであるということが挙げられます。

補足と私見

地方都市が線引きを廃止する理由として、人口減少等に伴い開発圧力がないことを挙げるケースがあります。

しかしながら、本来は、線引きを継続して限定的かつ範囲を絞って緩和したり、一部を市街化区に編入するといった正当な手続きを踏めばよく。その方が調整区域の大部分を占める農林業やグリーンインフラを保全できると考えられますが、そうはならずに廃止に向かいます。

その理由には、市街化調整区域を市街化区域へ編入するに当たっての農水部局・農水省との調整に多大な時間と、協議しても拒否される可能性、市街化調整区域での開発規制(立地基準)によって手続きが煩雑なためです(松江市が掲げた理由に同じ)。

したがって、市の決定権限の裁量範囲で自由にまちづくりを行いたいからと区域区分を廃止し、非線引き都市計画区域に移行したいという思惑と捉えられます。

他の市に迷惑をかけないような母体都市が線引き廃止するなら、30年、50年先の都市圏をイメージした上で住民や企業がそう決めたなら良いと思います。

ただし、諫早や加西のように母体となる都市に隣接している場合には、定住人口増加を掲げるものの、地方圏で人口増加が進んでいない以上は、母体都市から人口を誘導する上に、市街地の拡大を招き実態の都市圏(日常生活圏)で見たときに適切なのか?コンパクトシティ(立地適正化計画)と矛盾しているが?という疑問が生じることになります。

一方で、こうした思考に陥る自治体が背景には、行政区域という生活圏・都市圏と乖離した枠組みの問題、それに付随する地方財政の課題もあると考えられます。

❶都市計画区域(都市計画法制度)、❷実態の生活圏・都市圏、❸行政区域 この3つの視点から都市計画法と地方自治制度を再構成する時期に来ているのではと思うところではあります。

地方自治と都市計画制度の再設計の前に地方分権改革が進んだこともこのような課題を生じさせた要因でもあるとも思います。

加えて、地方分権に伴い長崎県が開発許可権限を移譲したこと、都市計画決定時において広域調整を担う県の役割が地方分権改革により低下していることも要因の一つではと思います。

私は、現代の都市は、実態の生活圏と行政区域が乖離しているため税財政上の視点からも都市圏の自治体内で政策調整する組織体や協議体が必要だと考えています。その上で、都市計画に精通した職員配置や学識経験者によるサポートが必須だと考えています。

さいごに

さらに整理しておきたいことは、諫早市の事例です。

諫早市では、今回の線引き廃止制度よりも前から平成23年に「諫早市開発行為等の許可の基準に関する条例」を制定し、市街化調整区域内の開発許可の緩和を行い、令和6年10月には更なる緩和を行っています。線引き廃止に向けてあらかじめ布石を打っていたことが分かります。

▶︎参照:諫早市,「令和6年10月1日から市街化調整区域の土地利用規制を更に緩和!」

諫早市では今後、半導体工場や商業施設等の開業により5年間で3,000人の雇用が生じるとしていますが、令和5年末の都市計画現況調査では、人口集中地区の人口密度は約37人/ha、市街化区域のうち工業専用地域を除く人口密度は約41人/haとなっており、人口集中地区に限っては、市街化区域の設定基準である40人/haを満たしていませんから、低未利用地を多く抱えていることが示唆されます。

また、今回の雇用創出に繋がった理由も、市街化調整区域内での規制緩和によるものである点も挙げられます。市街化調整区域を開発し、更にそれらを呼水にして市街化調整区域を開発するというサイクルを行っています。

既成市街地は郊外の田畑や山林があるエリアに比べて再開発コストが高いのと地権者との交渉に時間を要します。これらは、地方分権改革に伴って市の権限の範囲で開発緩和できることに注目した上手な手法だと思います。また、お隣の大村市は非線引きですので、大村市へ人口が流出するのを防ぎたいという意志もあると思います。

その一方で西側に接する長崎市では、(おそらく諫早に対抗して)令和6年4月に市街化調整区域内でかつ、立地適正化計画居住誘導区域に隣接・近接するエリアでの住宅団地開発を認める緩和制度を新たに設けています。

線引き制度の廃止は、一時的には新たなビジネスチャンスを生む反面、今後の人口減少社会においては広域的な視点での土地利用計画がなければ、中心市街地の衰退やインフラの維持コストの増大、空き家問題がますます深刻化するリスクを将来に残す可能性があります。加えて、地方自治では、立地適正化計画によるネットワーク型コンパクトシティの形成を目指す方向性が示されている中、一見して矛盾した関係に陥っているのではと考えられます。

現代の生活圏・都市圏と行政区域が乖離しており、既成市街地の再生が十分に行えないまま、郊外部が新たに開発されては「市街地拡大を助長→将来税負担の増大」という負のサイクルに陥りやすい構造を抱えています。

線引き制度を廃止するかどうかは、30年後・50年後の都市圏の姿(行政区域ではない)をどう考えるのかという長期ビジョンに基づいて慎重に検討すべきだと思います。その上で、実態の都市圏に合った広域連携の仕組みや、既成市街地の再開発・誘導策とのバランスをどのように取っていくかが、今まさに問われているのではないでしょうか。






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ABOUT US
cat_yamaken
YamaKen都市と建築が好きな人
【資格】一級建築士、一級建築基準適合判定資格者(建築主事)、宅建士、省エネ適合性判定員など 【実績・現在】国と地方自治の元役人:土木行政・建築行政・都市計画行政・公共交通行政・まちづくりなどを10年以上経験 / 現在は起業し、都市づくりに関わるコンサルタントや建築設計、執筆、大学院にて勉強・研究中。元サイト名は山好き建築士で”Yamaken”でした。