【断言する】公共交通を維持することは福祉政策と同じ。

こんにちは。建築士&都市コンサルのやまけんです。

今回は、地方都市の公共交通について記事にしました。
長い記事ではないので、お時間がある方はどうぞお付き合いください。

地方の公共交通の現状と疑問

この資料を見てどう思いますか?

バスや鉄道事業者のうち約7割は赤字経営です。
さらに、路線バスは、2010年度から2015年度までの6年間で約7,509kmの路線が廃止
鉄道は、2000年度から2015年までの15年間で37路線・約754kmが廃止
車社会なんだから仕方ないと思うか。
資本主義社会なんだから赤字路線は廃止されて当然だと思うか。


※出典:「地域公共交通の現状と課題(国土交通省総合政策局)」

私は以前、「公共交通は独立採算とするべきだ」と思っていました。
準公共財ですし、公共性を有しながらも、採算性が必要不可欠と、それに大都市での採算性の高い鉄道を普段から見ていると、当然、採算性が無いものは廃止されるのが当然だと。

特に、地方の公共交通は本当に必要なのだろうかと感じてしまっていたんです。
おそらくそうさせていたのは、車が日常生活を支えるようになっていたからだと思います。

私の実家がある地方都市(都市圏では50万都市くらい)では、どこに行くにも車を利用するのが当然でした。
近くのコンビニや飲食店、スーパーに行くにも車が当たり前。
何にも疑問には思っていなかったです。

つまり、過度な車依存が当たり前という都市構造に慣れすぎてしまっていたんです。

公共交通は独立採算であるべき?

しかしながら、公共交通について勉強し、仕事として携わることになって感じた疑問。

欧州では日本とは違い公共交通は行政が支援するのが当たり前になっている。
もちろん欧州では都市の成り立ちや規模が都市圏が日本の地方都市は異なるので一概には言えないですけど、住民は日本よりも公共交通を大切にしている感じがします。

だって、鉄道もバスも走っていない街って寂しいと感じませんか?
駅って街のシンボルになっていませんか?

今後、日本では、急速に高齢化が進み、車を運転できない方が増え、高齢者の足の確保が難しくなってくる。特に地方では、高齢者が自分で移動できなくなったら、生きていけないことを意味するくらいですからね。

ただし、憲法で居住地移転の自由がある以上は、将来、自ら住んでいる地域で生活しにくくなるかもだけど、移住したくないから助けてくれっていうのは、違和感があります。

税金で支えるべきではなの?と思います。
とはいえ、公共交通が脆弱な地域のほとんどは豊かな山林が広がっているので、自然環境保護のためには、一定の投資は当然に必要だと思います。
ただし、この公共交通が脆弱な地域における高齢者の問題は、多くの人が口に出せないだけで、助けるべきなのか?と疑問に思っているのではないでしょうか。

ですので、採算性の無い地域の公共交通は廃止された当然という考えはわかります。
しかしながら、全ての地域とはいわないまでも、地域を支える資源として助けてあげてもいいと思います。

そして、もう少し、福祉的側面で捉えてもいいのではないか。

特に地方においては、公共交通は採算性が低くても福祉政策として維持していくべきではないかと思うんです。

保育は無償化されますよね。
保育と公共交通、どちらも日常生活に必要なものだと思いませんか。

地域の移動手段である路線について、赤字を理由にして廃線もしくは本数を減らすことで利便性の低いものにしてしまって、さらに利便性を低下される悪循環にしているのは、変だなと思うところです。

もちろん過度な税金投資は不要ですし、必要最小限にとどめるべきだと思います。

とはいえ、先ほど述べたように地域の公共交通は街のシンボルにもなりうるので、シビアに採算性のみを捉えていくのも問題があるように思います。
もっと、街の魅力をつくり出す部分だったり福祉的な部分をクローズアップしたほうがいいと思います。

本当に問題なのは資金ということ

問題は、地方で公共交通を維持するには資金と人手が必要ということ。

そして思います。人の心理とは本当に怖い。

言いたけだけ言って行動に移すことをしないからです。

鉄道やバスが廃線になったら普段から利用している人は困りますよね。
当然のことですし、当たり前のこと。

問題となるのは次のような人です。
普段は公共交通を利用しないけれど、自分が住んでいる地域からは無くなっては欲しくはないため、廃線になるかもという噂でも立ちようなものなら声を大にして叫ぶ人。
けど、普段は絶対に乗らない。

これは何も公共交通に限ったことではなく、店舗や飲食店などにも言えると思います。

声を上げる前に、公共交通に乗ればいい。
普段から歩いて、自転車に乗って、公共交通に乗ればいい。
まずは乗ってから、どうすればいいか考えればいい。

参考記事
▶︎公共交通に合わせた生活スタイル(地方都市)も悪くはない。

車が日常生活必需品になってしまっていることも問題ですが、自家用車に過度に頼りすぎている。

街の魅力を上げるツールの一つでもあるのに、もったいない使い方をしていると思います。

廃線になる理由を考えて、どうしたら廃線とならずに存続することができるか真剣に考えてみた方がいい。
方法はいくらでもある。
地域の企業や人達に声をかけて有志で任意の団体をつくってみてもいいし、地域住民で支援する仕組みを作って見てもいいし・・・そして、気づくはずです。

何故、廃線になるか。

いきつく答えは一つ。お金(資金)です。

近年では、人手不足ということで路線バスを維持できないといった記事やニュースを見ますが、結局は人手不足を解消するためのお金がないということです。

ある意味、地方での公共交通は市場原理からかけ離れているのかもしれません。
だって、50年以上前から根本的なシステムは変わっていませんから当然です。

最近では、公共交通を補完するカーシェアなども普及し始めていますが、基幹となる鉄道とバスが進化していかないと、市場が求めるニーズから乖離していく一方になってしまうと思います。

ですから、地域でその公共交通が必要だというのなら、地域で稼いだお金を公共交通に投資するしか方法はないんです。
投資することで、ソフト面でも利便性を高めることを幾度も試してみるしかない。
大富豪が助けてくれるなら別ですが、そんなことは絶対にないですからね。

ですから、地方の公共交通はお金でサポートするしかないんです。
ようは福祉施策と一緒です。

少し考えてみた資金調達方法

方法①:銀行からの融資
まず融資は無理でしょう。廃線路線のバスは赤字ですから投資分のリターンが無いため借りることは不可能。

方法②:クラウドファンディング
スタートアップ時には活用できるが一時的で終わる可能性大。
継続的に資金を調達できるようになれば、活用可能性大。

方法③:企業や住民からの献金
出資法に違反しないようなやり方で毎年、交通維持費として献金を受ける方法。

方法④:税金の投入
地方自治体および国が負担する。
条件設定がシビアになり、資金を充当する部分に制約があり使いづらくなる可能性大。
※この方法は、地域間で不公平感を出してしまい。
※自分ことにならないため、沿線住民は車を利用する。

地域で支えるという点では、クラウドファンディングや企業・住民からの献金などが自分事となって、継続的に取り組めれば活用可能性大かなと考えられるところです。

終わりに

地方の公共交通を議論するときに、必ずと言っていいほど車の方が便利だからという論点になり、誰も乗らないと言って話は終わってしまう。
毎日乗る必要はないですし、たまに乗ることで見えてくる街の風景も違ったりします。
経済活動を支える機関として脆弱であれば、もっと利便性を高める投資をしていけばいいですし、その投資は現代の多様化された様々な方法で調達していくことがポイントだと考えられたところです。

さらに高齢者の足を支える機関として福祉的側面を持たせることも大切だと思います。
または、余力があるうち、高齢になる前に便利な地域に住み替えてもいいと思います。

今回は公共交通に考えてみました。
一意見として思って頂ければ幸いです。
最後までご覧いただきありがとうございました。