現代の公共交通政策に必要な視点??

こんにちは。やまけんです。
今日はふとした疑問を書いています。

地方においては自家用車が交通手段として優位に位置していても、一方で車を運転できない方、さらに路線バスや鉄道を利用することが出来ない地域に住んでいる方もいますよね。

そうした方々は移動販売の活用、医療施設や家族の送迎により移動手段を確保しているはずです。

こうした交通弱者の方々の移動手段の確保が求められているのが地方都市の最も大きな課題の一つになっていると思います。*先天性の病気や事故などにより運転が出来ない方であれば福祉として社会全体で支援する必要がある

地方郊外は、利便性が低い分、土地の固定資産税は安いし都市計画税は徴収されていない地域が大半でしょうから利便性の高い市街地に居住されている方と比べてはダメですが、自分でそこに住んでるんでしょ??と言うのが率直な思いです。
(なんで行政に足を確保しろって大きな声で言えるん?わたしの知り合いは積極的に市街地に引越してましたよ。)

路線バスの維持についても住民一人あたり年間で300~3,000円程度は費用を負担している状況にあると思います。路線バスを完全独立採算で事業を営んでいる事業所の方が少ないのではないでしょうか。そりゃそうですよね、だって車の方が圧倒的に便利ですもの。

自分の選択で自分の好きな所に行ける。

地方のサービス水準の低い鉄道やバスにあえて乗りたいと思う人の方が少ないと考えるのが、合理的な考えですよね。だからこそ、単なる移動手段ではない”何か”が求められている状況にもあると思います。(今だからこそ、公共交通に新しい価値を生み出すいい機会なのだと思います)

路線バスや地方鉄道で税金で補填してなんとか運営している状況では投資活動はほぼ難しい状況になりますから、路線バスの利便性の向上は困難で、人口減少による大きな利用者減少によって倒産までカウントダウンを待つしかないはずです。

都内や大阪などの大都市であれば、人口密度の高い市街地が形成されているため自家用車よりも公共交通期間を利用した方が自家用車に比べて移動に要するコストと時間を比べた場合に公共交通の方が便利な状況にあると思います。

とここまで話してきて、今回、伝えたいな〜と思ったのは次の点です。

やっぱり、自分で居住地を選択したんよね?なんですよね。

自分で選択した人生に対して、やっぱり無理だから税金使って移動の確保をしろって、それって公共交通政策なのだろうか。もう医療や福祉と同じ考えにならざるを得ない状況にあると思います。

この視点が抜けている状態で交通弱者を救うために人とコストを掛けている状態にあるということだから全国の自治体職員の皆さんは苦労されるんだと思います。
怖いのは、交通弱者の数が増えるに従いその声が集まると正義になるということです。

頑張って成功している人が納めている税金によって地方部の更に田舎の人達の生活が守られているとうことに気づいたら、いつまでも交通が不便な地域に住みながら行政やJR、バス会社の悪口を言っている場合じゃないと思うのが資本主義社会で生きる人の考えだと思っていた自分が間違いなのかと思う・・・

・・・ほんと

もはや地方都市における公共交通はセーフティーネット政策です。
そう、都市の利便性を高めるためのツールではなくて「福祉」

福祉なら厚生労働省が所管してあげればいいじゃんってのが最近のわたしの考えです。

まぁ、そういうことではないんだけど、言わんとしとるのは、弱者を守る役割と都市の利便性を高める役割を一緒に考えてしまうと、いつの日か弱者を守るためだけにお金が使われ、未来志向するための予算が悪になるよって話。

交通弱者の移動手段を確保し、出掛ける楽しみや日常の生活を確保すること自体は良いことですが、ただ、大前提としてその移動手段の確保が市場経済の中で成立しないとね。

それか市民全員でこの公共交通については残そうと決意して、受益者が負担する仕組みをつくるとかしないと、ますます都市部と郊外部で意識の分断が進むと思うのです。

どっちに暮らすのが正解・不正解とする話ではなくて、あくまでも公共交通政策上、資本主義社会の中における合理的なロジックで考えてみるのがいいと思います。

ということで以上です。また〜






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