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【建築物を建てる際のルール:接道】不動産・建築知識で”最重要”の「接道」の歴史を探ってみました。

「接道」の歴史から建築基準法第43条の規定を覚えるための記事です。

こんにちは。Mitsuruです(@urbanpole2022)。初投稿となります。
YamakenBlogでは、建築や都市計画、不動産取引に関して業務に役立つ豆知識を発信しています♪

建築基準法や都市計画法といった都市づくりに欠かせない法律は、複雑かつ難解なので理解に苦しみますよね。そのような方のために、法律を上手に活用してビジネスや生活に活用してもらいたいと思いYamaken氏(@yama_architect)が2018年7月につくったブログです。私は2022年4月からブログ制作等に協力しています。

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接道義務がはじまったのは昭和25年(1950年)11月23日

*昭和25年の建築基準法(抜粋) 出典:国立公文書館

接道義務が規定されている「建築基準法」第43条第1項がルール化されたのは1950年(昭和25年)と、終戦から5年後の約70年以上前となります。当時の内閣総理大臣(首相)は”吉田茂”氏でした。

建築基準法が制定された当初は次のように書かれていました。

建築物の敷地は、道路に2m以上接しなければならない。

昭和25年11月23日施行日時点の建築基準法第43条第1項

とってもシンプルですよね。この後段には”ただし書き”が書かれていました。
*ただし書きについては後述します。

この建築基準法第43条第1項が規定される以前については、幕末から約50年後である1919年(大正8年)に制定された「市街地建築物法」第8条に”建築線”なるものが規定されていました。

建築線とは、「建築物の敷地は建築線に接しなければならない」とするルールです。
建築線=道路境界線とイメージすれば分かりやすいかもしれません。

建築線とは、都道府県が範囲を指定して道路範囲を指定しているもので、現在では、4m以上の道路については建築基準法附則第5項の規定により建築基準法第42条第1項第五号道路(=いわゆる位置指定道路)として指定されており、現代でも残っている道路が数多くあります。
(例:大阪市の昭和14年に指定された船場建築線など)

ということは100年以上前から接道義務が全国に適用されていたのかというと。決してそうではなく、市街地建築物法時代では市街地建築物法と同時に1919年に制定された旧都市計画法に基づき都市計画区域が指定された区域内に限られていました。

ここがポイントで、都市計画法と建築基準法(旧市街地建築物法)は相互補完の関係にあったということ。現在でも同様の関係にありますが、およそ100年以上前からこのような関係にあったことがわかりますます。

大正8年当時の都市といえば、江戸幕府時代に石高の大きかった藩の中心市街地や街道の要所となる宿場町などが都市として発展していった時代です。

*常陸太田市(旧宿場町の状況)

自動車台数も少なく全国でわずか7,051台でした。そのため、都市内での移動手段といえば徒歩や馬車が基本でしたから将来、自動車交通量が爆発的に伸びるとは考えられていなかったようです。

都市計画区域については、旧都市計画法制定当初は東京市,京都市,大阪市,横濱市,神戸市,名古屋市に限られ、その後、順次、都市への人口集中とともに全国に指定されていきます。

現在の接道義務は新法である1950年11月23日の施行日をもってはじまっていますが、1950年時点の都市計画区域のエリア自体が全国に広がっていたわけではないため、多くの都市で新しく都市計画区域が再編された約50年前の1969年(昭和44年)6月14日に施行された新都市計画法まで待つ必要があります。

つまり、全国的に接道が普及したのは今から約50年ほど前となります。
やや普及という言い方は違和感がありますが、接道していなくても建築物することができて時代があったということですね。現代では都市計画区域外のみが接道しなくても建築することができます。

現在では、都市計画区域と準都市計画区域合わせて、全国に997区域(令和3年都市計画現況調査)、市区町村別では1,351の自治体に都市計画区域が指定されています。

全国の市町村数が1,718市町村ですから、国内の市町村数のうち、約79%が都市計画区域に指定されています。

次に接道の道路ですが、接道とみなされる道路については条件があり原則として4m以上の道路であることが求められており、現在もほぼ変わらず適用されていいますが、建築基準法制定当初の建築基準法上の道路とは次のように規定されていました。

建築基準法上の道路とは?

*福島県富岡町(大正時代の宿場町の鳥瞰図)*出典:とみおかアーカイブミュージアム

1950年の建築基準法制定当時の道路とは次のように書かれています。

 この章及び第5章の規定において「道路」とは、左の各号の一に該当する幅員4m以上のものをいう。
一 道路法第1条にいう道路
二 都市計画法によって築造した道路
三 この章及び第5章の規定が適用されるに至った際、現に存する道
四 道路法又は都市計画法による新設又は変更の事業計画のある道路で2年以内にその事業が執行される予定のものとして特定行政庁が指定したもの
五 土地を建築物の敷地として利用するため、道路法又は都市計画法によらないで築造する道で、これを築造しようとする者が特定行政庁からその位置の指定を受けたもの

2 この章及び第5章の規定が適用されるに至った際に現に建築物が立ち並んでいる幅員4m未満1.8m以上の道で、特定行政庁の指定したものは前項の規定にかかわらず、同項の道路とみなし、その中心線から2mの線をその道路の境界線とみなす。

昭和25年11月23日施行日時点の建築基準法第42条

建築基準法が制定された当時は、法律上は都市計画法と道路法でいう道路、昔から4m以上の幅員があった道、道路位置指定、2項道路が規定されていました。

江戸以来の街道であれば4m以上が確保されていたでしょうけど、それ以外は幅員の小さな道が多くあったのだろうと思いますから多くが2項道路に指定されていたのだろうと思います。

なお、こちらの2項道路はつい最近まで(2010年3月末まで)一括指定(正式には2項包括指定道路)といって都市計画区域内の4m未満かつ1.8m以上の道を2項道路に指定していた自治体もありました(ほぼ全国にそのように一括指定を行っていた。)

昭和・平成中期頃まで全国の特定行政庁では、裁判等でいろいろあり…現在では厳格に運用が行われているはず。特に42条第2項道路に関係のない敷地の方にとっては自己敷地が消失することになるので快く思わない方がいるのは確かです。私も現役時代は幾度となくクレームを言われた経験があります。(下図参照)

*道路(灰色)に面する敷地では出入り口が西側の為、中央の42条第2項道路の指定による恩恵が無い。*作成:YamakenBlog

現在では指定道路図及び指定道路調書なるものを作成し閲覧に供することとされているため、自治体も道路毎に2項道路としての要件を備えているものかどうかを再判定しているところが多くありますから、以前は建築できていても現在は…という事態になっている敷地もあると聞きます。

もちろん当時は適法に建築したものでしょうから行政庁に過失があったとはいえ、現在において再建築するためには現行法に適用されるために何らかの対応が必要になるものと思いますよ。

ただし書き(例外規定)もあった?

*出典:とみおかアーカイブミュージアム(大正時代の街道:旧陸前浜街道)

現在は、ただし書きと呼ばずに例外許可と例外認定と呼んでいる「ただし書き許可」ですが、建築基準法が制定された1950年当初は、「建築主事ただし書き(または主事但し書き)」と呼ばれていました。

1950年制定の建築基準法では次のように書かれています。

但し、建築物の周囲に広い空地があり、その他これと同様の状況にある場合で安全上支障がないときは、この限りでない。

昭和25年11月23日施行日時点の建築基準法第43条第1項

この主事ただし書きは、役所以外の確認審査などを行う指定確認検査機関が登場する1998年(平成10年)の6月12日法律第100号による改正(翌年5月1日施行)まで続けられていました

ですので、平成11年5月1日以前の建築物で接道が取れていない建築物については、建築主事が各特定行政庁毎に判断してOKにしていたということ。

例えば1間道路(1.82m)にしか接していない敷地でも避難上問題がないとして建築を認めていたとか。そうした建築物の建て替えは現在は不可能に近いところもあったりします。1間道も2m道も1/500上では同じように見えるからですかね…

まぁ、その当時は良くても今や将来の避難経路としての担保などがないと許可することはできなかったりしますから、当時が良いから今も良いということにはならないのかなーと思ったりします。みなさんはどう思いますかね。(下図では現状のままでは再建築不可の敷地)

*A敷地は接する公図上の道の幅員が2m未満のため避難経路としても認められずただし書き許可も受けることができない道

なお、建築基準法第43条第1項に関する平成10年の改正後は建築審査会の同意の上で許可制度となり、その後の平成30年9月の改正によって、従来の例外的な許可と新たに認定が追加されています。

特定行政庁によっては物件毎に建築審査会を開催せずに一括同意基準を作成し、複数のパターンに適合している場合には許可をするといった柔軟な対応をとるようになっていましたが、より一層、建築できるように緩和されたのが新しい認定行為となります。

ちなみにですが、ただし書き許可の典型例といえば、港湾道路に接する場合の敷地ですが、港湾道路は通常の道路よりも広く見た目は立派な道路なのに、道路法の道路ではないことから建築基準法上の道路に認定されないんですよね。

接する道路は何故4m以上とされたか。

*接道の原則 

昭和25年4月28日に開催された第7回国会衆議院建設委員会において、次のように書かれています。

〜(略)〜第三章は、道路及び壁面線に関する規定でございまして、この章以下第七章までは都市計画区域に限りまして都市計画の一部として実施するものでございます。道路の定義は、現在もございまして、幅員四メートル以上のものを道路ということになつておりますが、それをやや具体的にここで規定したわけでございます。現行法と多少違つておりますのは、この第一項第五号に「土地を建築物の敷地として利用するため、道路法又は都市計画法によらないで築造する道」つまり私道でございます。そういうものは特定行政庁からその位置の指定を受ければ、これを道路とみなすということにいたしております。現在は建築制限を知事が一方的に制限するということになつておりますが、この場合は利用者が行政庁に道路の指定を受けるということにして、これを道路とみなすということにいたしました。第二項に既存の市街地などで四メートルの道路がない場合もございますが、一間ぐらいの道路もずいぶん多いのでございます。その場合は位置の指定は一・八メートル、一間以上、あるいはその中心線から両側に二メートルずつ、すなわち四メートルの線をもつて仮定の道路境界線とみなしてこの法律を適用するわけでございます。〜(略)〜

昭和25年4月28日に開催された第7回国会衆議院建設委員会(抜粋)

なぜ、4mとしたのかは大正8年制定の市街地建築物法まで遡る必要があるので、ここでの深堀りは省略したいと思いますが、当時の考え方としては延焼防止が大きなファクターがあったように思います。ポイントとしては、4m以上の道路で街区が離れていれば、一定の延焼防止効果があったと考えられていたようです。

また、第7回国会参議院建設委員会第26号(昭和25年5月2日)質疑において次のように答弁されています。

○政府委員(伊東五郎君) 四十二條と五十五條の問題でございまして、四十二條は、この建築物を建築する場合に道路に接した敷地でなければ建てられないということになつておりまして、その道路というものはこういうものだということを四十二條に規定しておるわけでございます。四十二條の問題につきましては、前に委員の方から御質疑があつたのでございますが、この法案におきましては大体四メートル以上のものが道路だというのが原則でございます。これは確か昭和十一年に市街地建築物法が改正されまして、その前には九尺以上のものが道路であるとこうなつておりまして、それ以上広く必要とする場合には、別に建築線を指定して四メートルに大体指導してやつていたのであります昭和十一年に改正になりまして、四メートルを原則として、それ以下のものは道路と見ない、こういうことに改めたのであります。今回の提案におきましては四メートルの原則は従来通りに継承したわけでございます。ただ御質疑にありましたと通り、現実に市街地にはまだ古くからの九尺程度の道が可なり沢山ある。そこに現実に家が建つておるわけであります。それに面して家を新たに造つたり、改築したりする場合には、この四メートルということを原則だけで見ますと非常に無理な場合が起きて来る。それでここに大体四十二條の第二項に幅一・八メートル以上、つまり一間以上のものの既存の道路は両側に二メートルずつの後退した線、これを以てその道路の境界線と見做す、つまり九尺の道でありますと二尺一寸引込んで建てればこれで道路と見做して家が建てられる、こういうことにしたのでございまして、この点につきましては現在市街地建築物法直接規定はございませんが、各都道府県の細則でこれと同じことをみな規定しております。それと同じことをやるのでありますので、これで新たにその制限を強化したということにもなりませんので、差支ないのではないかというふうに考えております。

昭和25年5月2日に開催された第7回国会参議院建設委員会(抜粋)

この答弁からは、1936年(昭和11年)より前は9尺(2.7m)以上が道路であるとしていたところを改正後は4m以上を道路とする改正が行われたが、全国的には9尺程度の道がたくさんあるため、今回の建築基準法制定により1間(1.8m)以上の道について中心線から2mセットバックした線を道路境界線とみなすとする規定を設けたとのこと。
*昭和11年改正→昭和13年改正が正しい。

なお、市街地建築物法にこの規定は明記されていませんが、各都道府県の細則(例規)で同様の規定を既に明記していることから制限強化ではないとする考え。

つまり、1936年の改正によって法律は4m以上を道路としたが都道府県が柔軟に対応をとっており、それを踏まえて1950年法(建築基準法)では法第42条第2項道路に明記することとしたとのことです。

現在は、消防や救急などの緊急車両が通るために4m以上の確保が必要とする考え方が一般的ですが、市街地建築物法が使われていた当時は救急車両が普及していた時代では無いですから、日照や通風、採光、避難経路、延焼防止などの役割があったのだと考えられます。

特に木造建築物が密集している中で9尺(2.7m)しか道路が無いは致命的に災害時の避難を困難にしていたものと思いますから(とはいえ、現代では4mでも狭いと思いますけどね…)

ですから、今から70年以上も前から道路とは4m以上のことを指しており、2項道路の救済措置は70年以上が経過しています。

しかしながらセットバックしていない建築物の敷地は現在でも相当数がありますよね。

明らかに1950年以降(または都市計画区域指定以降)の建築物と考えられるのに…なぜか。

それは、建築確認のみ受けて完了検査を受験しない建築物が多く占めていた時代があったからです。完了検査って受験しなくていいの?と思いますよね。もちろんダメなんですけど、多くの建築物が完了検査未受験だった時代があります。

国が公表している資料によると平成10年当時の完了検査受験率はたったの38%2011年には、特定行政庁で87%、指定確認検査機関で91%と飛躍的に改善されています。その理由の一つでローン審査における完了検査済証の添付があげられます。

住宅ローンにおける建築基準関係規定の遵守許可に関して2003年(平成15年)2月24日に国は全国銀行協会等に対し、「民間金融機関が新築の建築物向け融資を行うにあたって、検査済証を活用するなどの方法により融資対象物件が建築基準関係規定を遵守しているかという点について配慮すること」とする要請を行っています。

このため、従来から自主的に完了検査済証をもってローン審査がとおっていたものが、さらに強化されるようになりましたので、2003年2月以降は融資を受ける建築物というのは適法化が図られるようになりました。

つまり、平成15年以前は完了検査を受けていないため、また、行政のみでは完了検査を受けていない相当数の建築物に対して徹底的な指導を行うことが困難であったために、相当数の違法セットバック建築物が全国に立地しているはずです(笑)。

違法セットバックとは建築基準法違反です。
>>>詳細記事はこちら

本題に戻します。

技術的には4m以上を設けることで、日照や通風、採光等の確保や、火災の歴史とともに歩んできた建築基準法ならではとして消防車の通行を確保しようとするためです。

また、2m以上の接道については、市街地建築物法の改正(1934年:昭和9年改正)によって、同法第8条の改正(第8条→建築物ハ其ノ敷地命令ノ定ムル所ニ依リ道路敷地ニ接スルニ非ザレバ之ヲ建築スルコトヲ得ズ 但シ特別ノ事由アル場合ニ於テ行政官廳ノ許可ヲ受ケタルトキハ此ノ限ニ在ラズ)により、同法施行規則第4条に2m以上とする文言(建築物ノ敷地ノ、長2メートル以上道路敷地ニ接セシムベシ,地方長官ノ、土地ノ情態,建築物ノ用途其他ノ状況ニ依リ必要アリト認ムルトキハ前項ノ規定ニ拘ラズ別段ノ定ヲ為スコトヲ得)が追記されたことで、接道幅を2m以上とする現代の建築基準法に通ずる基準がルール化されていますから、約90年ほど前から接道幅は2m以上とされていたということですね。

ちなみに、現代の消防車の車幅は普通ポンプ車で2.3m、はしご車で2.5m程度ですから、少なくとも6m以上の道路が無いと支障なく火災現場に到達するのは難しいように思いますね。

実際に4mの道路を通行すると分かりますが、車のすれ違いは相当の技術を要します。例えば人気車種のトヨタのランドクルーザーですと車幅が198㎝あります。ミラーを閉じないとすれ違いなんでものは絶対に無理(笑)ここに緊急車両が来ても通行できるわけがない。だから4mは現代の市街地とは整合が図られていないのではと思います。

>>>こちらの記事も参考になるはずです。

まとめ

*出典:那珂市(旧街道)

ということで今回は接道の歴史について話してきました。

接道義務が課されたのは1950年の建築基準法の施行日以降都市計画区域・準都市計画区域が指定された区域内となっています。つまり、単純に昭和25年ではなく、昭和25年の施行日以降に都市計画区域・準都市計画区域に指定された日です。

なお、都市計画区域は都道府県知事が指定することができる都市計画となっており、詳細は公告を確認する必要があります。ちなみに都市計画区域はちょっとした再編を繰り返している都市が多いためいつ計画区域に指定されたかは都道府県又は市町村の都市計画課に確認する必要があります。

一方で、都市計画区域外・準都市計画区域外は接道する義務がありませんので、道路に接する必要なく建築することができるルールとなっています。

接道の歴史を知ることで接道とは何か。少しでも知るキッカケになっていれば幸いです。

それでは以上となります。参考となりましたら幸いです。